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6/16より始まった、UCI アジアツアー2.2 ツール・ド・熊野に参加してきました。


初めての国際レースだったのですが、不安よりも楽しみ、という気持ちの方が強く、実はワクワクしてました。


プロローグはどしゃ降りだったので、無理をせず、翌17日の第1ステージのために体力を温存しておいた。


夜にマッサージャーである、犬養さんに腰をほぐして頂き、万全の状態でステージレース初日を迎えることができた。


第1ステージは、局所的にパワーが必要となるものの、それ以外は緩く、最後まで脚を貯めることができた。


国内のJプロの中でも、一際小さい自分には大柄な外国人選手のいる集団内での位置取りは厳しい。


小さいというのは身長が低い、という意味ではない。体格が乏しい、という意味どある。


コーナーの入り口で、ちょっと押されるだけで弾かれたりしてしまい、位置を落とすことが多々あった。


今年からJプロツアーを走り始めて、瞬間的なパワーの必要性に気付かされ、今回の件で尚更もっと筋肉付けてデカくならなければな、と痛感した。


そんな感じで、ゴールスプリントに向けて、位置取りが始まる中、Team UKYOがプジョル選手が前方に上がって行ったので飛び乗り、なんとか20番手辺りに上がることができた。


しかし、なぜか先頭はコースを間違え、咄嗟にブレーキ。


突っ込まずに済んだが、左右から後方集団がすごい勢いで来て、自分のレースはそこで終わった。


純粋にスプリントをしたとしても、自分にはまだ着に入る力は無いが、せめて自分の全力を出し切りたかった。68位くらい。



第2ステージは、山岳ステージ。

自分向きのコースではないので、無理をせずに完走を目指した。


第1山岳はペースが緩かったのか、自分の調子が良かったからなのかわからないが、楽にメイン集団で走れることができた。


しかし、さすがに第1山岳の二倍の距離がある第2山岳では集団がバラけた。


オールアウトはしないように上っていたところ、自分は単独になってしまった。


他チームの監督から、後方にグルペット(タイムアウトにならず、ギリギリ完走を目指す集団)がいることを教えていただいたので、ペースを若干緩めたが、来る気配が無かったので、下りで合流しようと考えた。


下りはテクニカルかつ、湿っており苔も生えている。


イメージとして、ジャパンカップの古賀志林道の下りの幅員を半分に、苔を2倍にした感じ。


そんな状況だったので、攻めずに下っていたところ、左コーナーでマープサイクリングチームの選手が落車していたため、アウト側からイン側へラインを変えたところ、前輪が滑り、落車した。


自分では道路中央は湿ってるだけだと思っていたら、苔が生えていたらしい。


幸いにも、チームカーが真後ろにいたため、飛んで行ったバイクやサングラスを、すぐに拾ってもらえた。


そんなことをしている間に、グルペット集団が自分の横を通り過ぎる。


左上半身の出血が激しいものの、骨に問題は無さそうだったので、なんとかバイクにまたがって下り始めることができた。


しかし、サングラスのレンズに傷がついたため、視界が悪い。


また、落車の恐怖があり、いつも通りに下ることができない。


感覚が変だと思って、ハンドルを見ると、右に曲がっている。


最悪の状況だったが、今日を完走しなければ、明日は無いのでなんとか走り続けた。


そして、少し前を走っていた、セントジョーメリダサイクリングチームのハリソン選手と合流し、グルペットを追う。


最後の上りを終えようとした時、頂上で赤旗が振られている様子が見えた。


一分程、タイムオーバーだった。


自分にもっと脚があれば、詰められたはずの差だった。


一回落車しただけで、全てが崩れてしまうのはただ自分が弱かっただけ。



3日目の朝を東京で迎えたことが悔しかった。